引っ越し

1ヶ月と少し前、引っ越しをした。

 

職場が変わり、通勤が遠くなったので

更新を機に近場に越すことにしたのだ。

 

26歳から30歳までを過ごした、家賃6万8千円の部屋。 

外観はコンクリートうちっぱなしのデザイナーズ風。

『これぞ TOKYO!!!!!

当時、築50年のまつばコーポから耐震強度の問題で

退出を余儀なくされた私は即決した。

 

部屋は22㎡のうち5㎡を廊下スペースに用いた大胆設計。

内壁のコンクリート部分的になぜかクリーム色が塗られている。

自転車屋さんを営む、初老のオーナー夫妻のセンスは独特だった。

 

台形型の住居スペースは、ニッセンで購入し

一人で組み立てたベッドと本棚と机とミニテーブルを置いたら

テトリスばりに隙間なくはまった。

 

TVを置くスペースがなかったので捨て、

わたしは大体ラジオ(J-wave)を聞きながら、

廊下かベッドの上で過ごした。

4年で来客は2人。

座るとこも娯楽もないから、大体近所のファミレスで過ごした。

 

引っ越し直前、ゆるりまいさんの著書

『わたしのウチには、なんにもない。』を読み衝撃を受けた。

 

わたしのウチには、なんにもない。 「物を捨てたい病」を発症し、今現在に至ります

わたしのウチには、なんにもない。 「物を捨てたい病」を発症し、今現在に至ります

 

 

とにかく脳がすっきりしそうな、がらーーーんとした部屋。

 

インテリア雑誌などを読んでも

「こんなおしゃれな組み合わせ、絶対考えられない…」

と絶望していたが、わたしにも物を減らすことならできそうだった。

(ゆるりさんはおしゃれだけど)

 

部屋を見回すと、当時の我が家はリアルテトリスである。

とりあえず使ってないもの、気に入ってないものを捨てていったら

ゴミ袋20袋以上になった。

もはやゴミと暮らしていたのかと軽いショックを受けた。

本や洋服は近くのMODE OFF、BOOK OFF様を活用した。

ベッドも本棚も捨てた。

 

物が減り部屋がきれいになるとたしかに頭がすっきりする。

「よし、これからはほんとうに欲しいものだけを買おう」

という気になる。

でもまたもやもやや迷いが増えてくると

いろんなものが欲しくなるし部屋も散らかるようになる。

(最近また買ってるんだよね) 

 

以前友人のしーなさんが書いていた

体と同じく頭や愛情も肥満になるのでは、ということを時々考える。

http://shiinaneko.hateblo.jp/entry/2014/03/17/010912

 

頭や気持ちが ごちゃごちゃしてくるのは

アウトプットをしていないからじゃないかと

いう話にはっとした。

 

私は物心ついてから確実にインプット過多だ。

〜がしたいけれど 、だれかに〜と思われるんじゃないかとか

〜と批判されるんじゃないかとか

うまいこと言いたいとか、よく思われたいとか

おそらくそういう事をぐるぐる考えた結果

結局アウトプット(行動・発言とか)自体をしないとか、

他者の視線を意識しながらちょっとやってみたけど

結局ぜんぜんやる気がなくなってやめちゃう

みたいな事が今でもよくある。 

 

こういう自分を自意識とかこじらせとか

お手頃ワードでごまかしていたけれど、

誰かに正解や同意をもらいたいとか、

大変なことはできるだけ避けたいとか、

結局ただただ楽をしたいだけなんじゃないかと思う。 

 

けれど、そんな30女がぼけ〜っと同じ毎日を繰り返していたって

突然人生が輝きだすような素敵な何かを起こるわけないのだ。

楽をした先にはきっとその延長線上の出来事しかおこらないのだ。

やっぱりじぶんの頭や気持ちを整理して

自力で行動しなきゃいかんのだろうと思う。

 

ぜんぜん引っ越しと関係なくなってしまった。

 

物を減らして通勤時間も短くなったらやりたかったことが

アウトプットの場としてブログを書くことだった。

 

気軽にやります。

ドゥフフ