突き抜け8、出ました。

しーなねこさん主宰の

『いろんなものを突き抜けて、遊んで暮らしたい者たちによる文芸結社 ・突き抜け派』

の短編小説集、突き抜け8に小説を書きました。

 

通販サイトはこちら

私は7から書かせていただき2回目です。


前回は人生に迷走している三十路女の不倫モノを書いたのですが、

暗くて推敲がいやになったので、

今回はスピリチュアル系アイドルにハマる、イケてないJKラブコメです。

ただくだらなさに笑っていただければ本望です。

一点、作中でBIGという単語が頻出するのですが、

カタカナ表記がビッグダディのビッグ(BIG)ではなく、

ビックカメラと同じビック(BIC)になっております。

登場人物みんな頭悪そうなのですが、

この表記ミスは完全に私の知能レベルの問題です。

ほかのみなさんの作品はとても知性が溢れ、胸に迫る素敵な作品ばかりです。

買ってください!!!!!!!!!!!!

拝啓 星野源さま

10年ものの黄色いCDラジカセから、

初めてあなたの声を聴いたのは、
日本が揺れる少し前でした。
 
特長のある、空気を含んだような声。
 
電波の先へ投げかけ続ける、
限りない親密さと優しい笑い。
 
脳内で作り上げたあなたの姿は、
坊主・キャップ・大きなグレーのトレーナーを着た
ラッパー(カツオ似)。
 
間もなくラッパーが作ったという曲が流れた。
『くだらないの中に』
優しさを真空パックしたような曲に、
びっくりして泣いた。
 
 
リアルのあなたは虚弱そうでいて
ものすごくパワフルだった。
 
日を重ねるごとに、周りを巻き込み、世間を巻き込み、
台風の目のように大きくなっていった。
 
電波ごしの声に、わずかにイライラと雑さが増え、
そして爆発した。
 
あなたは、戦い、蘇生し、
山のように、深い森のようになった。
 
 
 
印象に残っている思い出がふたつ。
 
常連のリスナーさんが採用されなかったイラストを
自分のTwitterに載せたとき、あなたは生放送中に𠮟った。
 
「番組を作っている側には考えがある、
 大事にしたいから、勝手にやらないでほしい(うろ覚え)」
 
しばらくピリピリとした空気が流れた。
 
リスナーさんは速やかに詫び、
あなたはそれを読み上げ、励ました。
その後、リスナーさんはそれまで以上に素晴らしい作品を送り続け、
採用され続けた。
 
 
あなたと仲良しのミュージシャンが
最近腹が立ったエピソードを面白おかしく語った。
 
あなたは笑いながら、
「でもそれは自分が相手の反応を期待しすぎたせいでしょ。
 相手は悪くないじゃん」
と言った。
 
 
正しいものは、正しいと言い、
間違いは間違いだと言う。
 
ひとのズルさ、弱さを受け入れ、
ひとの純粋さを愛する。
 
あなたを見ていると自分の誤魔化し、
傲慢さ、醜さが露呈して、
打ちのめされる思いがする。
 
ただ進化し続けるあなたに
少しでも続き、見習いたいと思う。
 
 
おはよう始めよう
一秒前は死んだ。
 
radipediaおつかれさまでした。

31

31歳になった。

誕生日の朝、


「今日から31歳」

 

とつぶやいてみた。
身体の中のウロコのような、
内臓の壁面のようなものがぺりぺりと剥がれ、

灰色の塊になって胸の上に落ちた。

 

深呼吸を1回、2回、3回。


フツフツと

おかしさと寂しさと糸井重里

じゃない

あまりお目にかかったことのない感情が湧き上がる。

 

『諦め』

その感情の名前だ。

布団に寝転んだまま、話しかける。



諦めってずいぶんだね。

わたし、年を重ねるの楽しみにしてたつもりなんだけど。

何に対しての諦めなの?

 

そりゃあ、若さとか
「若い女」というステイタスとか、
それによって許されたり、誤魔化したりしている
甘えとか、ズルさとかそういうものだよ。

 

ぐぇぇ、きびしい。

もう無理かな?


無理っていうか、
それを続けてる大人の女ってどう思うの?

 

ダサいね。


そう。ダサい。
だからダサくなるまえにギアチェンジしないと。

 

うーん。
でも諦めってなんか寂しい。

 

バカだね。
諦めるって元々「真理を見極める」って意味だからね。
諦めるから次に進めることってたくさんあるよ。

 

ふーん。

 

無意識に他人基準で生きるのって実はすげぇ危険だよ。

ほんとうに面白くてかっこいいオトナになれるかどうかは

これからが勝負でしょ。

 

なんか。

30歳から数時間しかたってないのに大袈裟だね。

 

うるさいよ。

もういい年こいた大人なんだから

中途半端いってる場合じゃないよ。

 

はい。

 

 

今年もよろしくお願いします。

『嫌われる勇気』を読んだ。

3年前、とにかく自分が嫌で
100万円くらいかけて自己啓発?を学んだ。
 
とってもためになったけど
あれはアドラー心理学がベースだったんだなぁ〜とよくわかった
1500円で買える本『嫌われる勇気』を読んだ。
 
嫌われる勇気

嫌われる勇気

 

 

結論からいうと超おもしろかったです。
 
 
すべての悩みは対人関係の悩みだという。
ひとは目的に沿って生きているという。

自由のコストは他者から嫌われることであるという。

自分の課題と他者の課題を分離しろという。

 

読後、本著の感想を書こうか少し迷った
わたしの脳裏に浮かんだ思いはこう。
 
 ①正しくない解釈や浅い解釈をして馬鹿にされたり批判されないだろうか
 ②流行っている本を良いと言ってミーハーと思われないだろうか
 ③どうせもっとうまく書いている人がたくさんいるのに
  わたしなんかが書いて意味あるだろうか。
 ④てゆーかちょっとめんどくさい
 
……。
 
シンプルにただ『書くか書かないか』しか
自分で完結できる課題はなく、そっから先どう思われるかは、
どうあがいたって他人の課題なんである。
目からウロコ。
 
 
本著でとくに面白く勉強になったこと。
(心理学では当たり前の知識だったらごめん)
 
☆劣等感コンプレックス
劣等感そのものは努力や成長を促すきっかけにもなるが、
その劣等感をある種の言い訳に使い始めた状態のこと。
「〜だから〜できない」の目的はできないのではなくしたくない。
現実的な努力をしたくない、一歩踏み出すことが怖い、
今享受している楽しみを犠牲にしてまで変わりたくない、
多少の不満が有っても今のままの方が楽など。
 

☆優越コンプレックス
強い劣等感に苦しみながら、努力や成長といった
健全な手段によって補償する勇気がない。
あたかも自分が優れているように権威付けする。
ー有名人の知り合い、経歴詐称、過度なブランド信仰、過度な自慢など。

☆不幸自慢
不幸であることで特別であろうとし
不幸や弱さを武器に相手を支配しようとする。
 
 
 
どれもこれもついついやってる時あるるる〜〜〜。
気をつけよう!
 

引っ越し

1ヶ月と少し前、引っ越しをした。

 

職場が変わり、通勤が遠くなったので

更新を機に近場に越すことにしたのだ。

 

26歳から30歳までを過ごした、家賃6万8千円の部屋。 

外観はコンクリートうちっぱなしのデザイナーズ風。

『これぞ TOKYO!!!!!

当時、築50年のまつばコーポから耐震強度の問題で

退出を余儀なくされた私は即決した。

 

部屋は22㎡のうち5㎡を廊下スペースに用いた大胆設計。

内壁のコンクリート部分的になぜかクリーム色が塗られている。

自転車屋さんを営む、初老のオーナー夫妻のセンスは独特だった。

 

台形型の住居スペースは、ニッセンで購入し

一人で組み立てたベッドと本棚と机とミニテーブルを置いたら

テトリスばりに隙間なくはまった。

 

TVを置くスペースがなかったので捨て、

わたしは大体ラジオ(J-wave)を聞きながら、

廊下かベッドの上で過ごした。

4年で来客は2人。

座るとこも娯楽もないから、大体近所のファミレスで過ごした。

 

引っ越し直前、ゆるりまいさんの著書

『わたしのウチには、なんにもない。』を読み衝撃を受けた。

 

わたしのウチには、なんにもない。 「物を捨てたい病」を発症し、今現在に至ります

わたしのウチには、なんにもない。 「物を捨てたい病」を発症し、今現在に至ります

 

 

とにかく脳がすっきりしそうな、がらーーーんとした部屋。

 

インテリア雑誌などを読んでも

「こんなおしゃれな組み合わせ、絶対考えられない…」

と絶望していたが、わたしにも物を減らすことならできそうだった。

(ゆるりさんはおしゃれだけど)

 

部屋を見回すと、当時の我が家はリアルテトリスである。

とりあえず使ってないもの、気に入ってないものを捨てていったら

ゴミ袋20袋以上になった。

もはやゴミと暮らしていたのかと軽いショックを受けた。

本や洋服は近くのMODE OFF、BOOK OFF様を活用した。

ベッドも本棚も捨てた。

 

物が減り部屋がきれいになるとたしかに頭がすっきりする。

「よし、これからはほんとうに欲しいものだけを買おう」

という気になる。

でもまたもやもやや迷いが増えてくると

いろんなものが欲しくなるし部屋も散らかるようになる。

(最近また買ってるんだよね) 

 

以前友人のしーなさんが書いていた

体と同じく頭や愛情も肥満になるのでは、ということを時々考える。

http://shiinaneko.hateblo.jp/entry/2014/03/17/010912

 

頭や気持ちが ごちゃごちゃしてくるのは

アウトプットをしていないからじゃないかと

いう話にはっとした。

 

私は物心ついてから確実にインプット過多だ。

〜がしたいけれど 、だれかに〜と思われるんじゃないかとか

〜と批判されるんじゃないかとか

うまいこと言いたいとか、よく思われたいとか

おそらくそういう事をぐるぐる考えた結果

結局アウトプット(行動・発言とか)自体をしないとか、

他者の視線を意識しながらちょっとやってみたけど

結局ぜんぜんやる気がなくなってやめちゃう

みたいな事が今でもよくある。 

 

こういう自分を自意識とかこじらせとか

お手頃ワードでごまかしていたけれど、

誰かに正解や同意をもらいたいとか、

大変なことはできるだけ避けたいとか、

結局ただただ楽をしたいだけなんじゃないかと思う。 

 

けれど、そんな30女がぼけ〜っと同じ毎日を繰り返していたって

突然人生が輝きだすような素敵な何かを起こるわけないのだ。

楽をした先にはきっとその延長線上の出来事しかおこらないのだ。

やっぱりじぶんの頭や気持ちを整理して

自力で行動しなきゃいかんのだろうと思う。

 

ぜんぜん引っ越しと関係なくなってしまった。

 

物を減らして通勤時間も短くなったらやりたかったことが

アウトプットの場としてブログを書くことだった。

 

気軽にやります。

ドゥフフ